琴欧洲は、ブルガリアから日本へ渡り、わずか19場所で大関まで駆け上がった長身力士だった。
身長202cm、体重155kgという恵まれた体格を生かした右四つ・寄りを武器に、平成の大相撲で活躍。2005年には幕内で12勝3敗を記録して初優勝を果たし、同年11月場所までの3場所で36勝を挙げ、2006年1月場所に大関へ昇進した。日本相撲協会の公式記録では、大関在位は47場所に及んでいる。
外国出身力士が増えていく時代の中でも、琴欧洲はその大きな体格と端正な風貌、そして正攻法の四つ相撲で多くのファンを集めた力士だった。
琴欧洲のプロフィール
| 項目 |
内容 |
| 四股名 |
琴欧洲 勝紀 |
| 本名 |
カロヤン・ステファノフ・マハリャノフ |
| 生年月日 |
1983年2月19日 |
| 出身地 |
ブルガリア・ベリコタルノボ |
| 身長 |
202cm |
| 体重 |
155kg |
| 所属部屋 |
佐渡ヶ嶽部屋 |
| 得意技 |
右四つ・寄り |
| 初土俵 |
2002年11月場所 |
| 新十両 |
2004年5月場所 |
| 新入幕 |
2004年9月場所 |
| 新三役 |
2005年3月場所 |
| 大関昇進 |
2006年1月場所 |
| 最高位 |
大関 |
| 引退 |
2014年3月場所 |
琴欧洲の生い立ち
琴欧洲は1983年、ブルガリア中部のベリコタルノボで生まれた。
もともとはレスリングに取り組んでおり、ヨーロッパの大会でも実績を残していた。相撲へ転向する前には、オリンピック出場を目指していた時期もあったという。
その後、日本の大相撲に興味を持ち、2002年に来日。
佐渡ヶ嶽部屋へ入門し、2002年11月場所で初土俵を踏んだ。
相撲経験がほとんどない状態からのスタートだったが、持ち前の体格とレスリングで培った身体能力を生かして急速に番付を上げていった。
2003年1月場所では序ノ口で7戦全勝し、いきなり優勝。
2004年5月場所には十両、同年9月場所には幕内へ昇進した。
初土俵からわずか19場所で大関へ昇進したことは、琴欧洲のキャリアを語るうえで欠かせない記録だ。
琴欧洲の取り口
琴欧洲の最大の武器は、202cmという長身を生かした右四つと寄りだった。
日本相撲協会の公式プロフィールでも、得意技は「右四つ・寄り」とされている。
これだけの長身を持っていると、相手との距離を取りやすく、組んだ際には長い腕を使って相手を捕まえることができる。
ただし、長身力士は立ち合いで上体が起きてしまうと不利になりやすい。
琴欧洲もその点を意識し、低い姿勢から相手に当たり、懐の深さを生かして組む相撲を身につけていった。
現役時代の取材では、立ち合いについて「下から上に」という意識で取り組んでいたことを語っている。
組んでからは右四つの形を作り、長い腕を使って相手を引きつける。
そこから寄り切るのが琴欧洲の基本的な勝ちパターンだった。
日本相撲協会の公式データでも、寄り切りと上手投げが主要な決まり手として記録されている。
豪快な投げ技で相手を転がすというより、自分の長身と体重を相手に預け、組んだ状態からじわじわと前へ出ていく。
それが琴欧洲の相撲だった。
琴欧洲のプロ生活
2002年11月場所に初土俵を踏んだ琴欧洲は、わずか1年半ほどで十両へ昇進。
2004年9月場所には新入幕を果たし、2005年3月場所には新三役となった。
幕内でも上位に定着し、2005年には大きな飛躍を遂げる。
2005年9月場所では12勝3敗の好成績を残し、幕内最高優勝を果たした。
これが琴欧洲にとって唯一の幕内優勝となった。
さらに2005年11月場所までの3場所で36勝を挙げ、2006年1月場所には大関へ昇進。
初土俵から19場所での大関昇進というスピード出世だった。
大関となってからも長く上位で戦い続けた。
大関在位は2006年1月場所から2013年11月場所までの47場所。
その間にはケガなどによる休場もあったが、約8年間にわたって大関の地位を守った。
2014年3月場所、琴欧洲は現役を引退。
12年弱の力士生活に幕を下ろした。
琴欧洲の成績と実績
琴欧洲の生涯戦績は537勝337敗63休。
幕内では466勝322敗63休、大関としては378勝264敗63休を記録した。
主な実績は以下の通り。
- 最高位:大関
- 幕内優勝:1回
- 十両優勝:1回
- 幕下優勝:1回
- 序ノ口優勝:1回
- 殊勲賞:2回
- 敢闘賞:3回
- 大関在位:47場所
- 生涯戦績:537勝337敗63休
- 幕内戦績:466勝322敗63休
幕内優勝は1回だったが、大関として47場所を務めたことは大きな実績だ。
また、初土俵から大関昇進までわずか19場所というスピードも琴欧洲の特徴だった。
琴欧洲の引退後
2014年3月場所で現役を引退した琴欧洲は、年寄「琴欧洲」を襲名し、佐渡ヶ嶽部屋で後進の指導に携わった。
その後、年寄名跡を「鳴戸」に変更。
現在は鳴戸親方として、自ら部屋を構えて力士の育成に取り組んでいる。
現役時代に外国から日本へ渡り、大関まで上り詰めた経験は、後進を指導するうえでも大きな財産になっている。
琴欧洲という力士を振り返る
琴欧洲は、202cmという圧倒的な長身を生かした右四つ・寄りで、平成の大相撲を彩ったブルガリア出身の大関だった。
レスリングから相撲へ転向し、2002年に初土俵。
そこからわずか19場所で大関まで昇進した。
2005年には幕内最高優勝も経験。
大関としても47場所を務め、幕内で466勝を挙げた。
琴欧洲の相撲は、奇をてらったものではなかった。
長い腕と大きな体を生かして右四つになり、相手を引きつけ、寄る。
恵まれた体格を単純なパワーだけに頼るのではなく、自分の相撲にうまく結びつけたことが、琴欧洲の強さだった。
そしてブルガリア出身者として大相撲の大関まで上り詰めたことも、その後の外国出身力士の歴史を考えるうえで大きな意味を持つ。
引退後は鳴戸親方として指導者の道へ進んだ。
力士としても親方としても、琴欧洲は日本とヨーロッパをつないだ大相撲界の存在として記憶されている。