魁皇は、長年にわたって大関の座を守り続け、幕内優勝5回、生涯1047勝を記録した平成を代表する大関だった。

福岡県直方市出身。友綱部屋に入門し、1988年3月場所で初土俵を踏んだ。

184~185cm、170kg前後の体格を生かした左四つ・寄り・上手投げを武器に番付を上げ、2000年9月場所に大関へ昇進。

大関在位は65場所に及び、長期にわたって上位で戦い続けた。日本相撲協会の公式記録では、生涯戦歴1047勝700敗158休、幕内戦歴879勝581敗141休を記録している。

魁皇のプロフィール

項目 内容
四股名 魁皇 博之
本名 古賀 博之
生年月日 1972年7月24日
出身地 福岡県直方市
身長 185cm
体重 164kg
所属部屋 友綱部屋
得意技 左四つ・寄り・上手投げ
初土俵 1988年3月場所
新入幕 1993年5月場所
大関昇進 2000年9月場所
最高位 大関
引退 2011年7月場所

 

魁皇の生い立ち

魁皇は1972年、福岡県直方市に生まれた。

幼い頃から体格に恵まれ、中学時代には柔道にも取り組んでいた。

その後、大相撲の世界へ進み、1988年3月場所で初土俵を踏んだ。

序ノ口、序二段、三段目、幕下と番付を上げ、1992年1月場所で十両へ昇進。

1993年5月場所には新入幕を果たした。

その後は幕内上位に定着し、1994年5月場所には新三役となった。

魁皇が大関へ昇進したのは2000年。

すでに幕内で長く経験を積んだベテランだった。

2000年9月場所から大関として土俵に上がり、その後10年以上にわたって大関の地位を守ることになる。

魁皇の取り口

魁皇の最大の武器は、左四つからの寄りと上手投げだった。

日本相撲協会の公式プロフィールでも、得意技は「左四つ・寄り・上手投げ」とされている。

魁皇は立ち合いから相手と組み合うと、強い上手を取って相手を引きつける。

そこから体重を預けて寄る。

また、組んだ状態からの上手投げも魁皇の大きな武器だった。

決まり手の傾向でも、寄り切りが36%と最も多く、叩き込み17%、引き落とし9%が続いている。

大型力士らしい力強さを持ちながら、相手を捕まえてからの攻めにも巧さがあった。

魁皇のプロ生活

1990年代から幕内上位で活躍していた魁皇は、1994年に新三役となった。

その後、横綱・大関陣を相手に白星を重ね、三賞や金星も獲得。

2000年9月場所には大関へ昇進した。

大関になってからは、魁皇の長いキャリアを象徴するような土俵生活が続いた。

故障に悩まされながらも復帰を繰り返し、大関として65場所を務めた。

幕内優勝は5回。

2000年代には朝青龍、白鵬らの横綱が君臨する中でも、大関として長く上位の土俵を守り続けた。

そして2011年7月場所、魁皇は現役を引退。

初土俵から23年以上にわたる力士生活に幕を下ろした。

魁皇の成績と実績

魁皇は生涯で1047勝700敗158休を記録した。

幕内では879勝581敗141休。

幕内優勝は5回、殊勲賞10回、敢闘賞5回、金星6個を記録している。

主な実績は以下の通り。

  • 最高位:大関
  • 幕内優勝:5回
  • 殊勲賞:10回
  • 敢闘賞:5回
  • 金星:6個
  • 大関在位:65場所
  • 生涯戦歴:1047勝700敗158休
  • 幕内戦歴:879勝581敗141休

魁皇を語るうえで特に重要なのが、大関在位65場所という長さだ。

また、生涯勝利数1047勝という数字も魁皇の長い現役生活を象徴している。

魁皇の引退後

引退後は年寄・浅香山を襲名。

その後、浅香山部屋を創設し、現在は浅香山親方として後進の指導にあたっている。日本相撲協会の公式プロフィールでは、浅香山博之として理事を務めている。

現役時代に長く上位で戦った経験を生かし、現在は力士を育てる側に回っている。

魁皇という力士を振り返る

魁皇は、平成の大相撲を長く支えた大関だった。

横綱には届かなかったものの、5度の幕内優勝を果たし、大関として65場所を務めた。

左四つから相手を捕まえ、寄りや上手投げで仕留める。

その相撲には、大型力士ならではの力強さがあった。

一方で、魁皇の魅力は強さだけではない。

何度も故障を経験しながら土俵に戻り、40歳を目前にするまで現役を続けた。

長く、強く、そして粘り強く土俵に立ち続けた。

それが魁皇という力士だった。