寺尾はどんな力士だった?生い立ち、取り口、実績を振り返る
寺尾は、現役時代に長く幕内で活躍し、軽量級ならではのスピードと技術で人気を集めた力士だった。
体格では大型力士に及ばなかったものの、立ち合いからの素早い動きと多彩な技を武器に、重量級の力士とも互角に渡り合った。端正な顔立ちも相まって女性ファンも多く、相撲人気を支えた力士の一人だった。
寺尾のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 寺尾常史 |
| 生年月日 | 1963年2月2日 |
| 出身地 | 鹿児島県 |
| 身長 | 185cm |
| 体重 | 116kg |
| 得意技 | 突っ張り |
| 所属部屋 | 井筒部屋 |
| 初土俵 | 1979年7月場所 |
| 最高位 | 関脇 |
| 引退 | 2002年9月場所 |
寺尾の生い立ち
寺尾は1963年2月2日、東京都で生まれた。
父は元関脇・鶴ヶ嶺。兄の逆鉾も関脇まで昇進した力士で、相撲一家に生まれ育った。
寺尾自身も父と兄の背中を追うように相撲の道へ進み、井筒部屋に入門。1979年に初土俵を踏んだ。
当初から恵まれた体格を持っていたわけではなかったが、持ち前の運動能力と技術を磨きながら番付を上げていった。
1989年には新入幕を果たし、その後は幕内の常連として長く土俵に立ち続けた。
寺尾の取り口
寺尾の大きな特徴は、体重を生かした豪快な相撲というより、スピードと技術を生かした相撲だった。
立ち合いでは相手の懐へ素早く入り、突きや押しで相手の体勢を崩す。そのまま一気に土俵際まで追い込む相撲を得意としていた。
また、相手の力を利用した引き技やいなし、足技なども見せることがあり、正面から力勝負をするだけではない巧さを持っていた。
特に印象的だったのが、体格差のある力士に対しても臆することなく前へ出ていく姿だった。
寺尾は現役時代に多くの大型力士と対戦したが、そのスピードと技術によって番狂わせを起こすこともあった。
寺尾のプロ生活
寺尾は1980年代後半から1990年代にかけて、幕内で長く活躍した。
1991年には自己最高位となる関脇に昇進している。
三役では大関・横綱を相手に厳しい戦いを続けながら、幕内で何度も勝ち越しを記録した。
また、1990年には大相撲史上初めて「7場所連続で勝ち越しながら金星を獲得した」という記録を残すなど、安定した実力を持っていた。
寺尾は幕内在位を長く続け、通算出場数も非常に多かった。
派手な優勝回数を誇るタイプではなかったが、長い期間にわたって第一線で戦い続けたことそのものが、寺尾の大きな実績だった。
寺尾の実績
寺尾は幕内で数々の記録を残した。
最高位は関脇で、幕内優勝こそなかったものの、三賞では敢闘賞を受賞している。
また、横綱・大関を破った際に与えられる金星も複数獲得した。
特に寺尾を語るうえで欠かせないのが、その長い現役生活だ。
軽量級の力士として大型力士と戦い続けながら、40歳近くまで現役を続けた。
2002年9月場所を最後に現役を引退。
その後は年寄・錣山を襲名し、錣山部屋を創設して後進の育成にも力を注いだ。
寺尾はどんな力士だった?
寺尾は、体格差をスピードと技術で補いながら、長年にわたって幕内で戦い続けた力士だった。
横綱や大関のように圧倒的な体格や成績を残した力士ではなかったが、軽快な動きと多彩な技、そして大型力士にも真っ向から挑んでいく姿勢で多くのファンを魅了した。
相撲一家に生まれ、兄の逆鉾とともに井筒部屋を代表する力士となり、引退後は親方として弟子を育てた。
寺尾の相撲人生は、恵まれた体格だけが力士の強さを決めるわけではないことを示したものだった。


