栃東は、小柄ながら巧みな相撲と勝負勘で3度の幕内優勝を果たした大関だった。

東京都足立区出身。玉ノ井部屋に入門し、1994年11月場所で初土俵を踏んだ。

身長180cm前後、体重150kg前後という体格で、決して大型力士ではなかった。それでも右四つからの寄りや投げ、低い立ち合いを武器に番付を上げ、2002年1月場所に大関へ昇進した。

大関在位中はたび重なる故障にも苦しんだが、再三の大関復帰を果たし、幕内最高優勝を3回記録した。日本相撲協会の公式記録では、生涯戦歴560勝317敗169休、幕内戦歴483勝296敗166休を残している。

栃東のプロフィール

項目 内容
四股名 栃東 大裕
本名 志賀 太祐
生年月日 1976年11月9日
出身地 東京都足立区
身長 180cm
体重 155kg
所属部屋 玉ノ井部屋
得意技 左四つ・寄り・投げ
初土俵 1994年11月場所
新入幕 1996年11月場所
大関昇進 2002年1月場所
最高位 大関
引退 2007年5月場所

栃東の生い立ち

栃東は1976年、東京都足立区に生まれた。

父親は元関脇・栃東知頼。父も玉ノ井部屋で活躍した力士で、引退後は玉ノ井部屋を創設している。

栃東は父の背中を追うように相撲の道へ進み、1994年11月場所で初土俵を踏んだ。

その後は順調に番付を上げ、1996年11月場所で新入幕。

幕内でも安定した成績を残し、1997年には新三役へ昇進した。

大型力士が多い幕内上位の中で、栃東は体格差を技術と相撲勘で補っていった。

そして2002年1月場所、関脇で12勝3敗の成績を残して大関へ昇進。

父が師匠を務める部屋から大関力士が誕生するという、親子二代にわたる相撲人生の大きな節目となった。

栃東の取り口

栃東は、低い立ち合いから相手の懐へ入り、四つに組んで前へ出る相撲を得意としていた。

日本相撲協会の公式プロフィールでは、得意技を「左四つ・寄り・投げ」としている。

体格だけで相手を圧倒するタイプではなかったため、立ち合いからの当たりや相手との距離感が重要だった。

組んだ後は相手の動きを見ながら寄り、状況によって投げも繰り出す。

また、決まり手の傾向では押し出しが31%、寄り切りが21%、突き落としが14%となっており、四つ相撲だけに頼らず、相手に応じて多彩な相撲を見せていた。

栃東のプロ生活

2000年代に入ると、栃東は大関候補として存在感を強めていった。

2000年5月場所では12勝3敗で幕内初優勝。

さらに2001年9月場所でも13勝2敗で2度目の幕内優勝を果たした。

そして2002年1月場所、12勝3敗で3度目の幕内優勝。

この勢いで大関昇進を決めた。

しかし、大関になってからは故障との戦いが続いた。

一度大関から陥落した後も再び大関へ返り咲くなど、栃東は何度も番付を戻している。

公式記録でも2002年から2007年までの間に複数回の大関在位が記録されている。大関在位は合計31場所だった。

故障による休場が多かったことから、十分な力を発揮できない場所もあった。

それでも復帰するたびに上位で勝ち星を重ね、最後まで大関としての意地を見せた。

2007年5月場所を最後に現役を引退した。

栃東の成績と実績

栃東は生涯で560勝317敗169休を記録した。

幕内では483勝296敗166休。

幕内最高優勝は3回で、殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞7回、金星4個を記録している。

主な実績は以下の通り。

  • 最高位:大関
  • 幕内優勝:3回
  • 十両優勝:1回
  • 殊勲賞:3回
  • 敢闘賞:2回
  • 技能賞:7回
  • 金星:4個
  • 大関在位:31場所
  • 生涯戦歴:560勝317敗169休
  • 幕内戦歴:483勝296敗166休

栃東の引退後

2007年5月場所で現役を引退した栃東は、年寄・玉ノ井を襲名した。

現在は玉ノ井親方として玉ノ井部屋を率い、後進の指導にあたっている。日本相撲協会の公式プロフィールでも、年寄名は玉ノ井太祐とされている。

父から受け継いだ部屋を守りながら、今度は自らが力士を育てる立場となった。

栃東という力士を振り返る

栃東は、大きな体格に頼るのではなく、相撲の技術と判断力で大関まで上り詰めた力士だった。

3度の幕内優勝を記録し、技能賞は7回。

一方で、大関時代には度重なる故障にも苦しんだ。

それでも一度大関から陥落して終わるのではなく、再び大関へ返り咲いた。

栃東の相撲には、派手な豪快さとは違う魅力があった。

低い立ち合いから相手の懐に入り、組んでから相手の動きを見ながら寄る。

自分より大きな力士を相手にしても、技術と相撲勘で勝負する。

それが栃東という力士だった。